セックスがしたい

 朝、通勤途中に頬を撫でる風が涼しくて、大きく深呼吸した。肺にぐるりと入ってきた空気に秋の気配を感じる。いつの間にか、平成最後の夏は終わりを迎えていた。

 

「平成最後の夏にやり残したことはありませんか?」

 

 テレビを見ていると、何回も問いかけられた。

 平成最後の夏だから、のような特別な枕詞がなくても、私にはやり残しがある。否、ヤり残しがある。もっと言うと、ヤり残されている。

 

 セックスがしたい。

 

 四半世紀生きた。そろそろセックスを体験してみたい。

 

 周りの友達は続々と”妊娠”、”出産”という、セックスのゴールにたどり着いている。

 私はまだスタートすらしていない。クラウチングスタートのポーズをとったままで、いい加減足が釣りそうだ。

 みんな、どうやってセックスに辿りついてんの。

 

 友達と猥談になったとき、友達の話を深掘りして話を振られることを開始したり、ふらっと席を立ったりする技術は身に着けた。床の技術はまったくない。友達の深掘りしすぎて知識だけが身についていく。

 

 小説で濡れ場が出てきても飛ばしてしまう。体験したことがなく、想像もできないのに何を考えながら読めばいいんだ。

 「早漏」と笑われている人がいても、いや、早漏って何分から? 何時何分何秒? 普通って何? グーグル検索してみてもいいけど、そこで調べて知識をつけてしまうとますます頭でっかちになりそうで控えている。

 

「カレーを食べたことのない人はカレーを熱望しない。だからセックスをしたことない人はセックスを熱望しない」

 

 ネットで見かけた言葉だ。

 私はずっとこの言葉を胸に生きてきた。自分を律してきた。もはや座右の銘であった。

 セックスなんてしなくても生きていける。子供を成さなくても、今の時代は色んな生き方があるんだから。

 むしろ誇っていた。男の剣は強くあるべきで、女の城は硬くあるべきだと。

 

 けれど、今ここに素直になる。平成最後の夏に素直になる。

 

 セックスしたい。

 

 だって、人間の三大欲求って食欲、睡眠欲、性欲だし。生存本能として種を残すという本能があるし。それに逆らえるわけないし。

 生理の日にトイレに流れていく卵子にごめんって謝るのはもういやだ。

 

 どうすればこの城は打ち破られるのか。守っている間に元号が変わってしまう。せめて平成の間にセックスがしたい。ひとつの時代を乗り越えた城になりたくない。

 

 ワンナイトラブとか言うけど、あれって何がどうなってそうなるの? おしゃれなバーとかに行けばいいの? バーに行ってどうするの?

 ちょっと参考にとドラマや映画を見てみても、なあなあとセックスにもつれ込んでいるわけで。ボディランゲージがすぎる。日本人の察する能力はセックスしたいかどうかも察せるんですか。人類の進歩が急速。私より先にAIがセックスする勢い。

 

 もっと若ければ、行動に移せたかもしれない。いや、移せなかったから今こんな風になってるんだけど。でも、この年でセックスって、もう結婚じゃん。どうすりゃいいの。

 同級生の中で唯一のセックス未経験な気がする。世界に取り残された気がする。

 

 

 こう書いている間にも、どこかでセックスしている人たちがいる。

 窓にはしとしとと秋雨が打ち付けている。私も泣きたいよ。情けない大人になってしまった。